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ぴかろんの日常

ぴかろんの日常

リレー企画 225

千の想い 135 ぴかろん


街中を走るトラックの助手席で俺はぼんやりと座っていた
俺達はただ黙って隔離された空間の中にいた
トラックは俺の知らない公園の駐車場に止まった
ずっと黙ったまま、俺達は時が過ぎるのを見ていた


僕はイナに言わなきゃならない
けれど今は…
イナの瞳は虚空を見つめたままだ
イナ意識がここに降りてくるまで待っていたほうがいい…
イナとここにいて、流れて行く時を、一緒に過ごしていたほうがいい…


いろんな思い出が流れて行く
初めて会ったのはミンチョルのアクシデントの時だった
感じのいい人だと思った
勘違いから始まった俺達
ずぅっと『勘違い』してたんだろうか…
でもテジュン
お前がとても好きだった
お前が俺を大切にしてくれると
逆に怖くなってやんちゃした
お前がいつかは離れて行くと
心の底で怖れてた
お前の気持ちを乱してばかりで
ほんと、子供だな、俺って…

今日だって…
お前から別れを告げられて
俺、ほっとしたんだ…これでお前、楽になれるよなって…
でもさ…俺が頷いた時のお前、また苦しそうだった
最後まで俺はお前を苦しめてしまったね…

ねえ
俺がどう答えれば『正解』だったの?
『離れたくない。一緒にいたい』ってお前にしがみつけばよかったの?
それでまた俺は『俺』を殺しながら生きていって
『俺を殺している』のにやっぱり『お前』を傷つけて…
それを繰り返しながら俺達、『成長』すればよかったの?

『別れて…みようか』
苦しいくせに平気なふりしてそう言ったテジュンの顔
俺が別れようって言ったら絶対いやだって縋りついて離れなかったテジュン
何やっても俺はお前に辛い思いさせたよな…

テジュン
とても好きだった
一緒に過ごした時間
大切にしまっておく
ありがとう
お前を『想う』ことを
俺はもう
やめるね…


どれぐらい時間が過ぎたのか解らない
テジュンはどうしただろう
ああ
午後の配達は…
そうだ、今日はもう、夜だけだ
こんな時も仕事を忘れないなんて
やはり僕はテジュンと似ているのだろう…

「ヨンナムさん…」

突然イナが僕を呼んだ
はっきりした声だった

「…ん…」
「俺達、別れた」
「…うん…」
「テジュンは…本当は…優しくて心が広くて、すんげぇいい男なんだ…」
「知ってるよ…」
「俺…もう…テジュンを『好きでなくてもいい』んだ…」
「…」
「誰を好きになっても…いいんだ…」
「…イナ…」
「…」
「…イナ、ご飯食べに行こう。朝から食ってないだろ?」
「食べたくない」
「食べたくなくても…少しだけでも食べておこう。ね?」
「…いらない…」
「仕事できないよ?」
「…できる…」
「じゃ…ちょっと歩こう」
「…」
「ね?」

僕はイナを車の外に連れ出し、屋台でトッポッキを買って芝生に座った
イナの口にひとつ、甘辛い餅を持っていってやると、イナは嫌そうな顔をした

「一つだけ…ね?」

ゆっくりと口を開き、イナはそれを食べた
一皿のトッポッキを、時間をかけて二人で食べた
イナは三口程でやめたけれど、それでも食べてくれただけでいいと思った

「イナに言っておかなきゃいけない事がある」
「…」
「テジュンがお前に別れを切り出したのは…僕がそうしてくれと言ったからだ」
「…」
「ごめん…また余計なことしたかな…。でも…僕はそうしてほしかったんだ…。今のテジュン、イナを大事にしているとは思えなくて…」
「俺が貴方を好きになっちゃったから…。テジュンも貴方も惑わせてしまった…」
「ううん、イナ…僕達はいつもそうだったんだ…僕達の間に挟まった人みんな混乱させて、結局自分達も訳が解らなくなっちゃう…。あの時なんで僕は頑張らなかったんだろうっていつも後悔してた…それを断ち切りたかった…」

イナはぼんやりと足元を見つめていた

「もう一つお前に言わなきゃいけないことがある」
「…なに?」
「…おととい、夕方、マンションまで送って、それからお前が出勤する時さ」
「ああ…『運命の偶然』?」
「…偶然じゃないんだ…」
「…え…」
「お前が出てくるの、待ってた…」
「…」
「お前に会いたくて待ってた…」
「…」

イナがじっと僕の顔を見た

「…嘘つき…」
「うん…嘘つきなんだ…僕…」
「…会いたくてってのも嘘に聞こえる…」
「それは嘘じゃ…」

イナの瞳に吸い込まれそうになった

「うそじゃ…ない…」
「…なんで会いたかったの?」
「…お前が好きだから…」
「…俺を?」
「…うん…」
「好きだから…テジュンに別れろって言った?」
「…」
「ずるい…」
「…」
「そんな事言うのも今黙り込むのも…ずるい…」
「イナ…」

呟く唇が濡れている
僕はそこに唇を寄せる
軽く触れ、それから深く、舌を探る
からかうように逃げる熱い舌を僕は夢中で追う
捉えた瞬間、イナが嘲るように笑い出した

「はは…ははは…は…こんなんだもん俺…」

投げ捨てた言葉で自分を罰しているのか?

「別れたから誰とどうなっても構わないんだ…」
「そんな風に言うなよ…」
「ねぇ…貴方を好きになってもいいんだよね?」
「…」
「ふ…」
「…イナ…聞いて」
「なぁに?なぁんでも聞いてあげるよ」

イナはなげやりな視線を僕に浴びせた

「僕がテジュンにお前と別れてくれって頼んだのは」
「俺が好きだからだろ?!」
「お前を本当に好きかどうか、確かめたかったからだ」
「…」
「テジュンが本当に、僕や他の事に関係なくお前を好きかどうか…お前の本当の気持ちがなんなのか…二人にも確かめてほしかったからだ」
「…」
「僕がお前を好きだと思うのは、テジュンへの対抗心からなのか、それとも本当に恋してるのか…それを知りたかった…」
「…離れれば…自分達の気持ちが…よく見えるだろうって?」
「…それに僕はお前にちゃんと近づいてないもの…テジュンがお前の傍にいたら近づけない…」
「…邪魔だから…追っ払った?」
「そうじゃ…ないよ…チャンスがほしかったんだ。…これってずるいのかな…」
「…わかんない…しらない…」
「…」

ふっと視線を遠くに飛ばし、イナは爪を噛んだ

「…いいよ、好きなようにしろよ」
「イナ…」
「あなたの『恋愛レッスン』にとことん付き合ってやるよ…なんでも言って…」
「そんなじゃなくて…二人が冷静になるまでの間だけ僕と…」
「…どういう…意味?」
「…え…」
「俺達、別れたんだよ…」
「…」
「そんな風に割り切れない…」
「…イナ…」
「もうどうでもいいよ…なんでもいい…」
「…」
「…ごめん…今、貴方の気持ち考えてられない…」
「…」

いいんだ…僕の気持ちは今『僕自身』が考えてるから…

「ねえ…」

爪を噛みながらイナが僕に声をかけた
きっと『僕』でなくてもよかったのだろう

「キスしてよ…おかしくなるぐらい…」
「…」
「好きなんだろ?俺のこと…」
「…イナ…」
「さびしい…からっぽだ…俺…」
「イナ…」
「こんなチャンスないだろ?!なんでもどうにでもしろよ!」
「…イナ…ヤケになるな…」
「テジュンもいない、貴方も…いない…」
「僕は…ここにいる」
「貴方を好きになんて…なれない…」
「…ずるいから?」
「…テジュンと同じ顔だから…」
「僕達は別人だ」
「なんでいるの?なんでそこにいるの?!その顔、見たくないのにっ!…俺を好きだって言うんなら、キスでもなんでも好きなようにしろよっ!」

イナは僕に当り散らした
僕は彼の腕を掴んだが、イナは暴れまわって僕を振り切る
口とは裏腹な態度で僕を寄せ付けようとしない
そんなイナを愛おしいと思った
僕はお前にみっともない姿を見せてきた
僕のずるくて汚い部分も見せた
お前のこんな姿は初めて見る
テジュンを嵌めたと思ってる?お前を騙したと思ってる?

「…試すんだ貴方は…俺の気持ちやテジュンの気持ちも…ひどい…」
「イナ」
「人の気持ち、弄ぶなんて」
「違う!」
「違わない!人の気持ち、操ろうとしてる!」
「そうじゃない!余計なもの、振り落としたいだけだ!」
「テジュンが余計だから?」
「…そうじゃない!テジュンにくっついてる余計なものを振り落として…」
「それって俺?!」
「イナ!」
「じゃ、俺にくっついてる余計なもの教えてやろうか?貴方だよ!そんな風に言われてどう思う?ひどいと思わない?!」

誤解されるようなことを僕はしているのだ
僕は僕の気持ちをこんな風に押し出した事はない
やり方が間違っているのかもしれない
でも僕は引き下がらない
引き下がったら…最悪だ…
僕はイナを見据え、拳を握り締めた

「僕は謝らない」
「…」
「お前にもテジュンにも。僕は僕の思いを口にしただけだ!操ろうだなんて思ってない!僕の言葉を聞き入れたのはテジュンだ!お前に『別れよう』って言ったのはテジュンだ!」
「貴方がそんなこと言ったからテジュンはあんな苦しそうに」
「テジュンの気持ちがしっかりしていれば、僕の言葉なんかに惑わされやしない!違うか?!」
「…」
「そう言おうと決めたのはテジュンだ。テジュンの言葉を受け入れたのはお前だ、イナ!」
「…」
「僕のせいにしたければそうしろよ!僕はただ、僕の気持ちを表に出しただけだ!」
「…ずるい…」
「ずるいと思うならそれでいい!でもテジュンからの別れを承諾したのはお前自身だ。嫌なら嫌だと縋りつけばよかったんだ、テジュンがお前に取り縋ったように!違うか!」
「…ずるい…ずるいずるいずるい!」
「…」
「貴方の思う壺じゃないか!俺もテジュンも…」
「…」
「ずるいよ…」

立てた膝に顔を伏せてイナは涙声で呟いた

「そんなに好きなら…戻ればいいじゃん、テジュンのところへ…」
「戻れるわけないだろ…」
「どうして?」
「言ったじゃんか…俺はテジュンを苦しめてしまうって…」
「…そんなの…思い込みだ…」
「…」
「お前が僕にそう言ったんだ、思い込みだって…」
「…」

僕はイナの横に腰を降ろした
イナは顔を上げ、目を閉じたままため息をついた
それからコトリと僕の肩に頭を乗せた

「…ヤケになったの?」
「…半分…」
「…ヤケクソで試してみる?僕と…」
「…わかんない…」
「…わかんない、か…」
「…消えない…」
「ん?」
「…好きだって気持ちが…」
「…うん…。消えないって事は…それがホントの気持ちかもしれないよね、テジュンに対する…」
「…消えないんだ…」
「…うん…消さなくていいさ…」
「…貴方を好きだって…気持ちも…」
「…」

どきんとした

僕は僕自身の気持ちを確かめたいと思っていた
イナが怒り出したとき、僕はもう、イナが僕を好いてくれることはないと諦めた
それでもよかった
僕の気持ちを確かめることが、僕には一番必要だと思ってたから
なのに…これは…

「…チャンスだよ…キスでもすれば…」
「…ばか…」
「わかんない…もうちょっと待って…自分がわかんないんだ…」
「イナ…」
「どんな大きさなのか、どんな『好き』なのか…」
「それが解ると…いいね…」

お前も僕も…そしてテジュンも…

「…うん…」

イナは目を閉じて僕の肩に寄りかかった

「…撫でてもくれないの?」
「…撫でてほしいの?」
「…」
「僕は察しが悪いんだ」
「…そこ…治さなきゃね…」
「…」

凭れ掛かるイナの背中をそっと撫でてやった
幾分は落ち着いたようだが、まだ混乱しているのだろう
夕方、直接BHCに送って行った時、暫く会いたくないと言われた
僕は頷いて帰ってきた…


千の想い 136   ぴかろん

何がどうなっているのか、本当は解っているくせに解らないふりをしている
俺はそんな男かもしれない
いつもより早くに店に来た
適当な着替えを衣装部屋で見繕ってロッカールームに進んだ
店内ではウシクとイヌ先生が、例の出し物の特訓をしている
いつも仲がよさそうだな…先生の物差、どうしたかな…
ほかにはまだ誰も来ていない
俺はロッカールームに衣装を置き、奥のシャワールームに入った
ここで俺がシャワーを浴びるなんて滅多にないことだ…
服を脱ぎ、滴り落ちる湯を頭のてっぺんから受けた

長い事、まるで禊のように、俺は全開にしたシャワーの滝を頭からかぶっていた
暫くしてから頭や体を洗った
昨日までの自分をこそげ落とすかのように、執拗に、念入りに洗った
昨日までの…テジュンの跡を削り取るように…

「ふえ?何?イナさん早いじゃん!珍しいな、ここでシャワーしてるなんてぇ」

張りのあるからだと声のウシクが入ってきた
俺はチラッとウシクを見て笑った

「あー!さては…デートの帰りなんだろ!ギリまでデートして店に直行だろ!そーだろっ!珍しいなぁ」
「…」

俺は答えずに微笑んだ
…だと…いいのにな…

ウシクがそそくさとシャワーを済ませ、出て行こうとして俺を凝視した

「まだ洗ってるの?!一体どーゆーデートだったのよ、怪しいなぁ…」
「…泥に…嵌ったんだ…」
「ふぅん…ま、ごゆっくりどうぞ」

泥に…嵌ったんだよな…俺…
泡を落としたあと、あかすりで肌を擦った

『そんなにムキにならなくても…』

頭の中で声が響く
同じ声だからわかんない、テジュンなの?ヨンナムさんなの?
ほっといてくれよ、これをしなきゃ始められない…

痛いほど強く、俺は自分の体を擦った

「あれっ?僕も珍しいけどお前も珍しいね。こぉんなとこで会うなんてぇ」

はっとして顔をあげた
同じ声だったから…
テジュンでもヨンナムさんでもない、ソクだ

「ん?みつめないでっ!スヒョクに怒られちゃう」

ソクはふざけて奥のシャワーブースに飛び込んだ

*****

ソクさんと一緒に街中を歩き回って店に来た
先にシャワーを浴びに行ったソクさんの分も衣装を見繕ってロッカールームに入ると、ウシクさんが厚みのある胸板を見せながらドーナッツを齧っていた

「あは…見ーたーなー…」
「…おはよございます…」
「ソクさんならえらい勢いでシャワー浴びに行ったよ」ガミュ
「あ、はい、汗をそのままにしとくとジジイ臭になるとか言って…」
「む…じゃ、先生にも早く浴びるように言わなくちゃ…あ、ドーナツのこと、黙っててね…」ガミュ・モグモグ
「…は…はい…」
「もぐむぐひょうら…むぐ…しゅひょぐはやぐいっらほがいいむぐ」
「…は?」
「はやぐしゃわいきなむぐっ…げひっげほっ…けっけっ…」

ドーナツを咽喉に詰まらせたのか、ウシクさんは厚い胸板をドンドン叩いている
俺は慌ててウシクさんの背中をトントンした
背中にも…厚みがある…

「大丈夫ですか?」
「むぐっ…みるっみじゅるっ」
「は?」
「みじゅ…」
「ああ…みず…」

ウシクさんにミネラルのボトルを渡すと、口の端から水を滴らせながらぐびぐびと中身を流し込んでいた

*****

ソクは鼻歌を歌いながら、頭を洗っている
同じ横顔がいくつか向こうの仕切りにある
俺は自分のブースからそろりと抜け出して、ソクのブースに潜り込んだ

ソクは耳がいいから、こんな音、聞こえてるはずだよね…
俺が馬鹿な事しでかさないうちに目を開けて俺を諌めてよ…ねえ…

フンフンと何かのメロディを口ずさみながら、目を閉じたままシャワーの水しぶきを浴びているソクの正面に回りこみ、俺はソクにキスをした

「…む…イ…」

慌てて俺の肩を掴んで押し戻すソク

「何やってるんだお前!」
「…したじゃん、お前も俺にこうやって…」
「…」
「祭の時…」
「…」

ソクは俺の瞳を覗き込み、それからシャワールームの入り口を気にした
ふん…スヒョクが後から来るってわけだ…
俺はソクの首に腕を絡みつけてもう一度唇を奪いに行った
体をぴったりと密着させて…

突き飛ばされると思っていた
なのにソクは俺をそっと抱きしめてくれた
自分が情けなくなって、俺はソクから離れた

*****

水を飲んで息を吹き返したウシクさんは、俺を見つめて言った

「はぁーありがと…シぬかと思った…。けほ…」
「…ウシクさん、さっき何言ってたんですか?」
「あ…。早くシャワールーム行った方がいいよ」
「なんで?」
「…イナさんが…いた…」
「…え?」
「ソクさん大丈夫かな?けひっ」
「…や…やだなぁ…大丈夫ですよぉ」
「くひひ」
「意地悪だなぁウシクさんは!そんな事考えてるからドーナツ咽喉に詰まらせるんですよっ」
「でも、用心は深いほうが安心じゃん」
「…」

*****

ソクは、ブースから出ようとした俺の腕を掴んだ

「…なんかあったのか?」
「…」
「どうしたんだイナ…」
「…べつに…」
「テジュンに何か言われたのか?」
「…テジュン…」
「ん」
「…テジュンと…別れた…」
「…」
「そういう事…。今度は誰を好きになろうかなって…。手始めに…お前…」
「…」

*****

そんなわけで俺は大急ぎで服を脱ぎ、シャワールームの扉を開けた

*****

ツイとソクの胸を押してそのブースから出たとき、シャワールームの入り口が開いた

*****

…イナさんが…ソクさんのいるブースから出てきたところだった…

*****

グッドタイミング…スヒョクだ…
びっくり顔のまま固まっている

*****

なんで?
心臓がどくどく打ちだして、俺は動けなくなった

*****

なんて思った?
キスしたんだよ、俺
『お前』の『ソク』に…
俺はスヒョクの肩を叩いてシャワールームから出た

*****

イナさんは俯いてフフフと笑い、俺の肩を叩いて外に出て行った
よく解らなかったけど…泣いていたように見えた…

「スヒョク…」
「…ソクさん…」
「誤解するなよ…」
「イナさん泣いてた…」
「…」
「何かあったの?」
「…うん…」

イナさんがテジュンさんと別れたと、彼から聞いた
それで…矛先が彼に向いた?

「…何か…されたの?」
「…」
「…キス?…」
「…」
「…いやだ…」
「スヒョク」
「…いやだけど…わかる…」

そう言った俺を、ソクさんは抱き寄せてくれた

「突き放せなかった…ごめん…」
「…うん…」

どういうわけで別れちゃったんだろう…
俺はソクさんの暖かい胸に包まれながら、あのホテルの廊下で『イナを愛してる』と言ったテジュンさんの顔を思い出した

*****

シャワールームから脱衣場に行くと、こんどはギョンジンが鼻歌まじりに服を脱いでいた

どいつもこいつも浮かれてやがる
しかもお誂え向きな奴ばかり…

きれいな背中が目に飛び込んできた
そっと近づいてくちづけをする
ふふ…ふふふ…

「ひ」

そのまま舌と唇を首筋まで這わせ、ギョンジンの耳たぶを軽く噛む

「…だ…れ…」
「俺」
「…い…な…。何してる…」
「ふ…なんだよ、慣れてるんだろ?こんな事…」
「…」

ギョンジンは固まったまま動かない
俺はまた体をぴたりと寄せて、ギョンジンの耳を弄んだ

「ねえアンタ、今入るとイナさんがいるってウシクさ…」

また気に入らない奴がそこに来た

「…なに…してるの…」

体をくっつけたまま、ラブを見てやった

「…はな…れてよ…」
「お前もやりゃあいいじゃん、他の誰かに…」
「…イナさん?」
「…反応ないから面白くねぇや…」

俺はギョンジンの背中から離れ、呆然としているラブの横をすり抜けロッカールームに戻った


千の想い 137 ぴかろん


「長いシャワーだったねモグモグ」

ドーナツを頬張ったままウシクが言った
こいつだって構わないんだ
誰だっていいんだ
片っ端から好きになって
自分の気持ちを確かめりゃいいんだ…

シュガーのついたウシクの口角
あれを…
舐めてやろうか…

俺はウシクの傍に座り、ウシクの頬を撫でた

「なに?ドーナツ欲しいの?モグモグ…先生に黙っててくれるなら…」

お喋りな唇に舌を這わせた
甘ったるい味がした

「…ん…イ…ナさ…」

俺は唇を離し、ウシクの頬を両手で包んだ

「続きがして欲しかったら、口の中のドーナツ、ちゃんと飲み込めよ…」
「…」

まっすぐな視線が俺を射る
俺はウシクに、そこにあった水を差し出した

「いらにゃい…して欲しくないから…」

ウシクは冷静だった
面白くない…

「イナさん…モグ…何かあったの?…ごくん…」
「…別に…」
「変だよ…僕にまでキスするなんて…。酔ってるの?」
「…あれ?俺のキス、なんにも感じなかった?」
「イナさん」
「じゃ、お前とは運命の糸で結ばれてないんだな」
「…何…」

ウシクは黙りこみ、俺は奴に背中を向けてその部屋を出た

*****

イナさんが突然キスを…いや…僕の唇のシュガーを舐めた
そんなにドーナツが欲しかったのかな…なんて一瞬自分自身にとぼけてみたけど、イナさんの舌の感触が甦ってきて僕は自分の唇を押さえた
…なんかあったんだ…
でなきゃ僕にキ…キスなんかするはずないもん…
多分シャワールームでソクさんにも…
脱衣場にいるギョンジンにも…きっと…
何なんだよ、誰彼となくキスするなんて…
まるで祭の頃のイナさんみたいだ…

イナさん…
どこに行った?
…まさか…まさか!

*****

もっと色気のある人がいい
きっとここにいるに違いない…
俺は事務室のドアを開けた

「ん?イナ…どうしたの?」

いた
『大人』のイヌ先生…

俺はドアを閉め、真っ直ぐイヌ先生に向かっていった

「何か?」

立ち上がって俺に向かい合うイヌ先生の首に両腕を回し、微笑んでいる唇に俺の唇を寄せた

「痛いの?」
「…え?」

先生の言葉にはぐらかされた

「…」
「すごく痛むの?」
「…なに…言ってんのよ、先生…」

バタン☆
「いやだぁぁぁっ!」

走りこんできたのはウシクだった
ウシクが俺を突き飛ばそうとした瞬間、先生は俺と体を入れ替え、ウシクの腕をすっと掴んだ
俺はふわりと先生の後ろに流され、そのまま壁に体を寄せた

*****

「せんせ…」
「…」
「せんせ、せんせ、大丈夫?何もされてない?」

ウシクは今にも泣きそうになりながら、僕の顔を見つめた
イナが入ってきた時、雰囲気がおかしいとすぐに解った

「…」
「せんせいっ!」
「ドーナツ食べたね?」
「…。そ…そんな事よりせんせ…」
「シュガーがついてる」
「え…」
「こっちの端…」
「うそ…さっき舐められたのに…」
「…舐められ…た?」
「あう…いや…」

ゴッ…ゴッ…ゴッ…

何の音だろう、僕の背中の方から聞こえる
ウシクと僕はイナの方を見た
イナは壁にゴツゴツと頭をぶつけていた
ウシクと顔を見合わせ、僕達はイナのところへ行った

「イナ?どうしたの?何かあったの?」

ゴッ…ゴッ…ゴッ…
俺はバカだ…どうしようもない…バカだ…さいてー…

ブツブツと呟きながら、壁に頭をぶつけている
ウシクはその姿を暫く見つめたあと、やめてと言ってイナを背中から抱きしめた

「やめてよイナさん…やめなよ…」
「…はなせよ…」
「どうしちゃったのさ…何かあったんなら僕達に話せよ…仲間だろ?」
「…そんな…資格…俺にはない…」
「何言ってるのさ!何言ってるんだよっ!」
「…」
「資格って何だよ!そんな事言わないでよイナさん…」

ウシクの腕がイナの体に強く巻きついている
抱きしめながら、イナの心を感じ取っているようだ…
僕はウシクの頭をそっと撫で、それからイナの頭も撫でてあげた

「痛いんだろ?イナ…ここが」

*****

そっと触れられた『心』の部分がずきんずきんと痛み出した
涙が溢れ出し、嗚咽が止まらなくなった
ウシクに抱きしめられた背中があったかい…
こんな俺を仲間だと言ってくれるなんて…
俺は壁に頭をつけたまま、わあわあ泣いた


「ジャスミンティー、飲んでごらん。気分が落ち着くよ」

ウシクが淹れた香りの強いお茶を先生は俺の前に置いた
甘い花の香りでむせそうになった

「きついかな?香り…慣れるといいもんだけどね…」

あまり好きじゃない香りだったけれど、俺はそれを飲んでみた
香りと正反対のすっきりとした味が口の中に広がった
目を閉じてもう一度香りを嗅ぐ
一口お茶を飲む
不思議な感覚
甘ったるくて爽やかな…
何かに似ている…なんだろう…

一口、もう一口
その不思議な感覚を味わいたくて飲み続けた
いつの間にかそのお茶をすっかり飲み干していた

「ほんとだ…慣れると…クセになるかもしれない…」
「ふふ。一杯だけじゃ『慣れた』とはいえないだろ?」
「…ふ…」
「イナ」
「…」
「話したくなったらいつでもどうぞ。みんな君の話をちゃんと聞くよ」
「…せんせ…」
「仕事は出来そう?」
「…俺…」
「無理に話さなくていいよ」
「…別れた…テジュンと…」
「…そう…。それは…辛いね…」
「…」
「それで痛いんだ、心…」
「…痛いのかな…。痛いんだよな…。先生に言われて初めて気付いた。痛いのに気付かなかった…」
「イナ…」
「痛いくせに…テジュンを好きだと思わなくていいんだなんて、俺…」
「…好きと思わなくていい…か…」
「…ずっと好きだ好きだって思いつづけてたから、これで…他の人を見てもいいんだって…」
「いい言葉だね」
「え?」
「前向きだ」
「…そう…だろうか…俺、自分を誤魔化してるって思うけど…」
「それはイナ」
「はい」
「痛いってこと、自覚し忘れてたからだよ」
「え?」
「テジュンさんと別れて悲しいとか苦しいとかいう気持ち、あるだろう?あって当然だと思うけどな」
「はい…」
「それをすっとばして先に行っちゃったみたいに思うよ」
「…。…あの…あのね…俺の心に残ってたテジュンの根っこをね…テジュンに…返したの…。そしたら…そこがヒューヒュー…ひゅ…」

*****

イナさんはまた、ぐすぐすと泣き出した
僕はイナさんの背中を、先生はイナさんの頭を、そっと撫でてあげた
イナさんはBHCの仲間と一緒にいると、優しい顔になる
みんながワイワイやってると、嬉しそうな顔で一歩後ろから見ている
僕はイナさんが、実は控え目だってこと、知っている
祭の時はめちゃくちゃだったけど、普段店に居るときは穏やかに楽しそうに仕事をしている
テジュンさんが居てくれるからだろうなって思ってた

別れたなんて…
イナさん…
どうするんだろう…

「からっぽになっちゃったんだね。僕もそうだったな…ね、ウシク」
「え?あ…あ、うん…」
「すぐにウシクが穴を埋めてくれたけど。最近では盛り土みたいになってるけどね」
「ぶー!」
「イナ。ヤケにならないでね」
「…はい…すみません…。ウシク…ごめんな…あんな事して…」
「あは…は…」
「そうだ…イナはウシクに何したの?」
「…え…あの…」
「キスされたんだっ僕っ!」
「…キスっていうか…唇のシュ」
「唇にちゅって!めめ珍しいでしょ?僕にしては!きゃはっ」
「…」

僕は慌ててイナさんの言葉を遮った

「ああ。ウシクの唇のシュガーを舐めたの?イナ」
「ぐ…」
「…はい…」
「本格的に吸い付かなかったの?」
「…はい…それはちっと躊躇っちゃった…口の中にドーナ」
「僕が清純派だからっ!」
「ふぅん、ドーナツ頬張って口の中ぐちゃぐちゃだと思ったからかぁ」
「はい」「ちがうもんっ!」
「…ふぅ…ウシク…」
「なにさ!」
「ニホンのスモウ部屋に入る気?」
「む」
「食べすぎだよ」
「む…だってセンセがあんなに特訓…」
「今日のキムパプ食いの技、『こんにゃく食い』に変更しよう」
「へっ」
「食べすぎ…。そうだ、イナ、今日はウシクのヘルプについて」
「は…」
「ウシクがキムパプ食べそうになったら横取りして食べて」
「…」
「指名が入ったらウシクと一緒に行動して。今日は二人でペア組んでね」
「わかった。イナさん、よろしくね」
「…」
「いいね?」
「…すみません…有難いです…俺、今日…自信なかったんだ…。プロじゃないよね…」

イナさんは申し訳無さそうに頭を下げた
こんなイナさんは初めてだ…
自信ないって言うのも、素直に先生のアドバイス聞くのも…


訪問者2   オリーさん

君を想う人がもう一人
私の隣にいた
ついさっき若い恋人にメロメロになっていた男とは
全くの別人がそこにいた


君の店に行ってみようと思い立ったのは夕方、ホテルへ帰り着く直前だった
いつか食事をしよう、そんな約束がふと頭に浮かんだ
いつかはいつか、そう今日でもかまわないだろう
決めるとすぐ行動に移した
いったん部屋に戻り着替えをしてまた夜の街へ出た

新しい場所を君のいる街に決めたのは本当に偶然だったのだろうか
いくつかあった選択肢の中からモウソウルを選んだのは
もしかしたら君への未練があったのかもしれない
ただ未練という陳腐な言葉では片付けたくなかった
私は後悔したくなかった

後悔することは、自分を否定することになる
それは私自身がよくわかっている
あの時、アーメッドを撃ったことを・・・後悔したくない
君を助けたことを後悔したくない
だから君を見ていたい
君がまっすぐに歩いているのを
いつもどこかで

君が映画とかCMとか歌とかの説明を淡々と話すのを聞きながら、
一方でそんな事を考えていた

君にはいつも光の下にいてほしい
たとえ君があの彼と一緒であっても
君さえ輝いていてくれたらそれでいい
その姿が私の支えになってくれる
こんな勝手な思い込みは君にとっては迷惑な話だろう
だが私にはまだそんな免罪符が必要なのだ

そこまで考えて、可笑しくなった
なぜこんな理屈をこねくりまわしているのだろう
自分の心理分析をしてどうなる
自嘲的な笑いがこみ上げてきた
その時、誰かの腕が私の首にからんできたのだった


ひとつ覚えていてもらいたい
君の兄さんは私から視線をそらして話し出した

僕はこいつには幸せでいてほしい
これは僕の望みでもあり義務でもある
もし誰かがこいつにちょっかいを出して
しかも不幸にするようなことがあれば
僕は容赦しない
こいつの後ろにはいつも
いつも僕がいると思っていただきたい

兄さん・・
君が口を開いて、立ち上がろうとしたのを私は止めた
いきなり失礼じゃないか
先生はお客さんとして来てくれてるのに
私は首を振って、いいんだと合図した
君は大きく息をはいてスツールに再び腰をおろした

君の兄さんは君のそんな態度をまったく無視して
正面を向いたまま黙っていた
しばらく気詰まりな沈黙が続いた

だが、それを破ったのもまた君を想う兄さんだった

撃たれたと聞いた時には心底肝を冷やしました
正面を向いたまま、まるで独り言のように呟いた
私が申しわけないことをしたと、言葉をかけると
彼は一瞬だけ私を振り返った
先ほどまでの険しい表情は消えていた

ロジャースからあらましは聞きました
あれはあなたのせいではない
もちろん弟のせいでも
誰のせいでもありません
だからあなたが謝る必要はない

僕自身同じ仕事をしていましたからわかります
だから覚悟はしている
覚悟はしていますが・・
身内のこととなると、やはり動揺してしまう・・

兄さんの言葉は私を通り越して君に届いた
君は兄さんの横顔を食い入るように見つめ、
それから静かに目を閉じた

そんなこと・・そんなこと今ここで言わなくても
君が小さく呟いた
君の兄さんは搾り出すような声で君に答えた
直接言えないから・・
だからこんな風に言ってるんだろう

君はカウンターの上に置いた手を固く握りしめた

君を想う人たちは誰もが強敵だ
私は軽いため息をついた

しばらくして、変な話になってすみませんでしたと
君の兄さんは席を立った
私は言ってあげたかった
あなたの牽制パンチは確かに効果がありました
でも、あなたの心配は杞憂です
私も弟さんには幸せでいてほしい
私は私なりの理由でそう願っているのだ、と

だが私はまだそこまでお人よしになれずにいた
かわりに、あなたの言いたいことはわかりましたとだけ答えた
一瞬君の兄さんと私の視線が絡み合った
君の兄さんは唇の端にわずかに笑みを浮かべた
その小さな笑みはさまざまな想いを雄弁に語っていた
私も微笑んだが、
君の兄さんほど雄弁に語れていたかどうかはわからない

兄さんが去った後、
君は小さい声ですみませんでした、と謝った
お兄さんのような存在は羨ましいかぎりだ
私には兄弟がいないからね、と言うと
いつもはあんな風に口出ししないんですけど、
と君は少し照れた笑みを浮かべた


それにしても、ここはいい店だ
君の仲間たちは入れ替わりそれとなく様子を見に来る
One for all, all for one
そんな言葉がふと浮かんだ
ただ剣をふりかざして言葉を唱えなくても
ここには自然なハーモニーが漂っている
君は恵まれているようだね

若いのに料理長だという青年が素晴らしいオードブルを
じきじきに届けてくれたのには恐縮した
あなたの隠れファンがいて、ぜひ持っていけと言われました
彼はちょっと複雑な面持ちで言った
私はわけがわからなかったが
その料理長の彼女が、私が英国の俳優に似ているので
サービスしろと言っているらしいという話だった
光栄な話ではある

挨拶にきてくれたチーフ代理の青年は国語の教師だという
韓国語を教えてくれませんか、と頼むと
密やかな笑みを浮かべ、私の指導は厳しいですよと物差を取り出した
どういう意味なのか、と君に聞くと
鞭と同じ使い方だと想いますと答えた
それは困った・・
この歳になって罰を受けるのは気がすすまない

カーデザイナーの君の親友は車を買うなら紹介しますよ、と
快活な口調で車の講義を簡単にしてくれた
歌も歌うらしいねと、さっき君から聞いた話をすると
そうなんですよ、新しいプロジェクト抱えて忙しいのに
ミンチョルさんが、ムリ言うんですよ
でも断ると目がこんなになっちゃって怖いから断れないの
と言って両手で目を吊り上げたりした
これには私も大笑いしてしまった

しばらくするとチーフまでもが挨拶にきてくれた
お久しぶりです、よくいらっしゃいました
上品で如才ない挨拶はさすがにチーフだ
主演俳優にふさわしいオーラも出ている
誰でも柔らかく包み込んでしまう雰囲気は天性のものだろうか
その背中に大きな羽があってもおかしくないほどだ

しばらく当たり障りのない話をした後、そっと君の耳元で
ミンチョルは遅刻じゃなくて休みなんだね、と聞いた
君は頷いて、CMをまず片付けるって言ってましたと答えた
チーフはわかった、と頷くと
どうぞごゆっくりと優雅な微笑を浮かべて去って行った

君と君の仲間とこんな風に時間を過ごして
結局私は閉店間際まで居座ってしまった

私は君に聞いた
店が引けてから何か予定はあるのか、と
君は帰って寝るだけです、と答えた
そこで私は迷っていた言葉を口にした
それなら食事でも一緒にどうかな

本当は今夜は君の彼と3人で食事をしようと考えていた
それは事実だ
あの事もきちんと謝らなければいけない
だが店に来て彼がいないのを知った
では食事は次の機会にしよう
そういう選択が自然かもしれない
だが・・・

君はちょっとの間考えていた
が結局OKの返事をくれた
兄さんに叱られないように気をつけよう
私がつけ加えると、君は笑った


千の想い 138   ぴかろん

「よぉし。じゃ、もう一杯ジャスミンティー飲んで、店に行きますか?」
「せんせ、シャワー浴びたの?」
「え?」
「汗、かかなかった?汗かいたままにしとくと、ジジイ臭になるってソクさんが…」
「…僕は…大丈夫だよ…」
「ええー?」
「嘘だと思うなら匂い嗅いでごらんよ」

くんくんくん…
僕より早く、イナさんが先生の肩辺りで鼻をヒクつかせた

「もぉっ!なに懐いてるんだよイナさんはっ!僕が確認するからどいてよ」ドン☆
「ああっ…」どたん

うそ…ちょっと小突いただけなのに、イナさんは床に倒れこんでしまった

「イナ!大丈夫?…ウシク!イナは今弱ってるんだから手加減してあげなさいよ!」
「…僕ちっと押しただけなのに…」
「『張り手』だろ?食べすぎで大きくなりすぎ!」
「…」

やぶへびだ…

「イナ…大丈夫?」
「…だ…大丈夫だよ先生」
「ちょおおおっと!くっつかないでよっ!」

僕はこれ以上、蛇を出さないように、突っ立ったまま叫んだ

かちゃん☆

「…。なにこの三つ巴…」

スヒョンさんが事務室に入ってきた

「イナを襲うイヌ先生を襲うウシクの図…でいいのかな?」
「「ちがーう」」「…」
「ん?」

スヒョンさんは真っ直ぐイナさんのところに来てしゃがみこんだ
イナさんは唇を口の中に押し込んで俯いた

「なぁんか、そういう顔、前に見たことがあるな…」
「…」
「祭の…風呂場の…」
「スヒョン…」

イナさんが何か言おうとしたその時、スヒョンさんはイナさんをふわりと抱きしめた
天使が羽根を広げて、傷だらけの子供を包み込んでいる…
イナさんは穏やかな顔つきで目を閉じた

「…。大丈夫だね?イナ…」
「…ん…多分…」
「罪悪感なんか持たなくていいよ。決めたことと行動にきちんと責任持つならね」
「…」
「やらかした『いい加減な事』は、今から謝っておいで」
「…うん…さんきゅ…」

天使のハグはなんでもお見通しだ
イナさんはすっかり落ち着いた様子で立ち上がり事務室から出て行った

そう言えば僕も天使に癒してもらった事があったんだ…
そ…そう言えばぼくってあのときっ…すひ…すひょ…すひょんさんときっすをっ
あははん…どうしよう…さっきイナさんともしちゃったから…んとんと…
ぼくって…清純派じゃないっ!(@_@;)

「ごめんなさいっ先生っもうしません」
「…ウシク…そうか…ありがとう…よかった…これで安心だよ…ふぅ…ほんとに酷いもんだったから」
「…僕、そんなに酷くないよ…」

浮気…

「ええっ?目に余るよ!(食欲…)」

「そ…それは…祭りの時のイナさんでしょ?!」
「イナはそんなに片っ端からじゃないよ!」
「…ぼ…僕は片っ端からっていうの?!」
「そうじゃない!僕の見ていないときにっ!」
「何言ってんのさ!僕は先生一筋なのにっ!」
「え?」
「え?」
「ぷふふふっ…可愛いなセンセもウシクも…癒されちゃうな…。二人一緒にハグしてもいいかな?」
「「ええっ?」」

スヒョンさんはにこにこしながら僕と先生をふわりと抱きしめ、またぷふふふと笑った

*****

ロッカールームを覗くとスヒョクとソクがくっついて着替えていた
俺は二人に謝り、それから脱衣場でイチャついているラブとギョンジンにも謝った
二組のカップルに何か声をかけられたけれど、俺は気まずくてすぐにそこから逃げた…
とにかく、ちゃんと仕事しなくちゃ…
控え室に入り、テプンやシチュンやチョンマンの面白おかしい日常の様子などを隅っこで聞いていた
それから俺はウシクとペアになり、その日の仕事をなんとかこなしたのだった…


イナがシャワーを浴びていたなんてしらなかったんだもん!
僕はすっかり油断して、するするとシャツを脱いでいたんだもん!
そしたらヒヤんとした感触が僕の背骨に…
しょしてぬるぬるとゾワゾワするモノがジワジワと僕の肩から首筋を這ってしょして耳たぶににょろろんと…はぁん…

それはイナだった…
なんでこんな事してくるのよ…
遊ばない?って何誘ってんのよ!!
ドキドキするじゃない!
どどどうしよう…動けないじゃないっ!

そしたらダーリンが脱衣場に入ってきたの!
しょしてイナになんか言ったの!
したらイナが僕から離れて行ったの…
ドキドキドキ…
あー怖かったの僕…

でも今からまたダーリンのお仕置きがあるかもしれないっ…
なんでなんでなんで?!
僕が仕掛けたわけじゃないわっ!
しょんなときもお仕置きなの?
うふんへへんひひん…
ちっと違う種類のドキドキ感を味わいつつじっと突っ立っていたの…

ダーリンは僕に近づき、僕の顔をじいっと見つめた後、急にしゃがみ込んで僕のズボンのベルトを外し、しょしょしょしてだいたんにもズボンをずざっとおろしたのっ!(@_@;)
ひぃぃん…

ダーリンは『僕』をじっくり観察しているのよ…
ひぃぃん…

「よし」
「…え…」
「反応ナシ、反応した様子もナシ!」
「…は…」
「ということは、原因はイナさんじゃないんだな…」
「へ?」
「イナさんにあーんな事されてるのに、全然だなんて…うーん…」ピシッ☆
「いったああああああ」
「ちっと鍛えたら?こいつ」
「ひいいん…十分鍛えてあるんだけろ…ひいいん…」
「シャワー浴びるの?」
「ん…」
「んじゃ一緒にあびちゃおーっとぉくふん」

ダーリンはさっさとピチピチしたTシャツとGパンを脱ぎ捨て(またのーぱ○だっ!(@_@;))シャワールームに入って行った

「やっだぁ~スヒョクったらやるぅ~」

ダーリンの叫び声が聞こえたので僕は慌ててドアを開けた
なんのことはない、先客のソクさんとスヒョク君がちゅーちゅーしていたのである

「なんだラブったら…。もっと凄いことでもしてるのかとおもっちったへへへ」

僕がヘラヘラ言うと、ダーリンは黙って僕の顔を少し下に向けた
スヒョク君とくっついているソクさんの…ソクさ…そ…(@_@;)

「見習えよな…」

ダーリンが耳元で囁く

「それ…どーすんの?スヒョク」

あからさまにその『ソクさん』を指さしてダーリンがスヒョク君に聞いた

「え?」
「だっ大丈夫だよラブ君、すぐ治まるからっはははっ」

ソクさんはスヒョク君から見えないようにそのそれ…その…(@_@;)…隠して、スヒョク君の肩を押してシャワールームから出て行こうとした

「あ…ギョンジンさん…イナさんに会った?」

スヒョク君が清らかな顔で僕に問いかけた

「あ…うん…」
「キスされた?」
「…え…」
「ソクさんされちゃったんだ…」
「…」

その後を続けてソクさんが呟いた

「テジュンと別れたらしい…」
「「ええっ?!」」

ダーリンと僕は同時に叫び、そして顔を見合わせた…
それであんな…

「大丈夫かな…」

僕より先にダーリンが口に出して言った

「そうだね…大丈夫かな…」

相槌を打ってから心配になった
お互い、誰を気遣っているのだろう…

暫く俯いていたダーリンは、おもむろに顔を上げ、正面のブースに入ってシャワーのコックを捻った
僕もその隣のブースに入り、頭からシャワーの雨を浴びた
最初に出てくる冷たい水が、さっきのイナの唇のように思えた

*****

営業中、イナさんはずっとウシクさんとペアを組んでいた
落ち着いた様子だった…
テジュンと別れたって…ほんと?
そりゃさっきちょっとヘンだったけど…あれだけで治まる程度の想いなの?
…そんな事ないよね…きっと抑えてるんだよね…
俺はイナさんを気にしつつ、仕事をした
向かい側に座ったバカは、時々じっとイナさんを見つめていた
俺は瞼に浮ぶテジュンの顔を見つめた…

*****

店が終わって、イナさんはぼんやりと外に出て行った
マンションに帰るのかな…
後ろを歩こうとしたらバカに腕をひかれた

「なんだよ」
「飲みにいかないか?」
「…二人で?」
「…うん…」
「…ほっといていいの?あの人…」
「誘ってもいいの?」
「イヤ」
「…」
「行こう、飲みに…」

なんとなく帰る気にはなれなかった
テジュンはどうしているのだろう…
イナさんといると、責めてしまいそうだしな…
俺はバカの腕に纏わりついてイナさんに背を向けた

*****

屋台で飲んでいた
ソクさんとスヒョクは仲がいいなとか、ウシクさん、この頃ふっくらしてきたなとか
僕達は極力イナの話題を避けていた
お互いに誰を心配しているのか、言わなくても解っていた

屋台の隅の方に酔っ払いが入ってきた
あじゅんまぁぁ、さけ…さけくれ…
と呂律の回っていない口調で叫んだ
ピクリとラブが反応した
それでその酔っ払いがテジュンさんだと解った
僕達は立ち上がってテジュンさんの傍に駆け寄った

「テジュン…」
「テジュンさん…」

僕達の声にテジュンさんはビクリと反応した
目を泳がせながら僕達の顔を見て、ボソボソと何か呟き、テーブルに突っ伏した
僕達は顔を見合わせてテジュンさんを抱え込み、屋台を出た







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